弦楽四重奏
凍る声のランプ屋
What the Snow Kept for Her
- 演奏形態
- 弦楽四重奏
- 楽器
- ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ
- ジャンル
- クラシック / 前期ロマン派
- 難易度
- 中級
- 演奏時間
- 約3分59秒
- ページ数
- 15ページ
- 整理番号
- AP-24Y39
この曲について
冬の町で凍った言葉を毎朝拾うランプ屋の娘と、夜ごと店の前を通る灯守の物語をもとにした、アダージョの序奏付きニ短調ソナタ形式の弦楽四重奏曲です。主部ではチェロの4分音符で灯守の歩みが進み、内声の裏拍に置いたスタッカートが点っていく街灯のまたたきになります。ヘ長調の第2主題は「好きだ」に当たる下行の3音で始まり、第1ヴァイオリンとヴィオラに続いてチェロがテノールの音域でただ一度受け持つ旋律が、粒から鳴る男の声として響きます。展開部ではスル・ポンティチェロのトレモロの上でハ短調の歩みが続き、第1ヴァイオリンの長い高音を頂点にスタッカートの下降で崩れ落ちる流れが、四人で息を合わせる弾きどころです。再現部で第2主題はニ長調のあたたかな響きに変わり、コーダではヴィオラが序奏では途中で切れていた跳躍を初めて最後まで伸ばすので、その一音を急がずに置けるかが表現の勘どころです。
物語
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北の町ハルンでは、冬になると声が凍る。
戸外で口にした言葉は、白い息といっしょに固まって、小さな硝子玉のような粒になり、足もとの雪に落ちる。春が来れば溶けて、そのとき初めて音になる。だから町の人は冬のあいだ、大事なことは家の中で言う。外で言うのは、聞かれてもかまわない挨拶か、誰にも聞かれたくない独り言だけだ。
ランプ屋のミラが、店先の雪に青い粒を見つけたのは、十二月の最初の朝だった。
指の先ほどの大きさで、内側に細い光の筋が一本通っている。拾い上げて手のひらで包むと、じんわり温みが移って、粒はかすかに震えた。
「……今夜も、灯りがついていてよかった」
低い男の声が、耳のすぐそばで一度だけ鳴って、粒は水になって消えた。
ミラはしばらく、濡れた手のひらを見ていた。
次の朝も、粒はあった。
「看板の字、塗り直したんだな」
その次の朝も。
「寒い。でも、ここの前だけ少し明るい」
声はいつも同じで、言葉はいつも短かった。夜のあいだにこの店の前を通る誰かが、閉じた扉に向かって、ひとつだけ何かを言っていく。ミラは毎朝それを拾い、温め、聞いた。聞き終えると粒は消える。残しておく方法はなかった。凍ったままなら残せるけれど、それでは中身がわからない。
夜に出歩く男は、この町に多くない。酒場帰りの職人か、川の見張り番か、街灯に油を足して回る灯守くらいだ。
灯守のことなら、ミラは知っていた。ランプ屋に芯と油を買いに来る客のひとりで、背の高い、口数の少ない男だ。名前はトーヴァル。注文は毎回同じで、代金は必ずちょうどで、礼を言うと目を伏せる。声はほとんど聞いたことがなかった。「芯を二束」と「どうも」くらいしか。
それでは比べようがない。
十二月の半ば、一度だけ、粒が二つ落ちていた朝があった。
ひとつめはいつもの調子だった。
「窓の青いランプ、新しいやつか。いい色だ」
ふたつめを温めると、声は少し間を置いてから鳴った。
「春になったら、これを全部聞かれるのか。……それは困るな」
ミラは思わず笑った。笑ってから、胸の奥がきゅっと縮んだ。
この人は、春になって溶けて鳴るつもりで言っている。誰も拾わないと思っている。毎朝、自分が拾っていることを知らない。
知らせるべきだろうか、と考えた。知らせれば、きっともう何も言わなくなる。
ミラは窓の青いランプを、夜通し消さずにおくことにした。それが返事のつもりだった。
年が明けて、雪がいちばん深くなった頃、トーヴァルが店に来た。
「芯を二束」
いつもの注文だった。ミラは束をそろえながら、いつもより長く彼の声を聞こうとした。けれど、店の中の声は、凍った声とは響き方が違った。粒から鳴る声は、もっと近くて、もっと柔らかい。
「どうも」
代金を置いて、彼は出ていった。扉の鈴が鳴り終わってから、ミラは自分が息を止めていたことに気づいた。
その夜、彼女は眠らなかった。
灯りを落とした店の奥で、扉の小窓から外を見ていた。雪は止んでいて、空気は張りつめるほど冷たかった。
真夜中を過ぎた頃、長い竿を肩にかけた影が、通りの向こうから来た。街灯をひとつずつ点けながら、ゆっくり歩いてくる。ランプ屋の前で、影は立ち止まった。
青い窓を見上げて、何か言った。
白い息が固まって、小さな光がひとつ、雪の上に落ちるのが見えた。
ミラは扉を開けた。
鈴が鳴った。トーヴァルが、竿を持ったまま固まった。
彼女は外に出て、雪の上の粒を拾った。彼が「あ」と言いかけて、その「あ」も凍って足もとに転がった。
ミラは粒を両手で包んだ。
「おやすみ。……いつか、昼間に言えたらいいんだけどな」
声が鳴り終わって、手のひらが濡れた。
街灯の明かりの下で、彼の顔が見たことのない色になっていた。
「……毎朝、拾ってたのか」
その言葉も凍って、二人のあいだに落ちた。
「ぜんぶ聞きました」とミラは言った。彼女の声も、凍って落ちた。「春まで待たなくても」
トーヴァルは長いこと黙っていた。それから竿を壁に立てかけて、雪の上にしゃがみ、二人ぶんの粒をひとつずつ拾いはじめた。
「何をしてるんですか」
「春に、通りじゅうで鳴られたら困る」
「中で溶かせばいいんです」
彼が顔を上げた。
「店の中、暖かいですよ」とミラは言った。「お茶もあります。言いたいことがあるなら、凍らないところで言ってください」
彼はしばらく彼女を見て、それから、拾った粒を大事そうに手のひらに集めたまま立ち上がった。
扉の鈴が、もう一度鳴った。
その冬、ランプ屋の前に粒が落ちることは二度となかった。
かわりに春になって町の雪が溶けたとき、店先の吹きだまりの奥から、拾い損ねた小さな声がひとつだけ鳴った。
「好きだ」
通りがかった近所の婆さんが振り返ったが、店の中の二人は、もうとっくに知っていた。
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