ピアノ連弾

ツケ帳の町

The Town That Ran on Tabs

この曲について

ハ調の12小節ブルースを、4分=160のスウィングで弾く連弾のブギウギです。セコンドの左手は最初から最後までブギのバスを刻み、その上でプリモとセコンドがリフと主題を受け渡します。聞きどころは、4手そろって1拍目に短いスタッカートの和音を打つストップ・タイムと、ウォーキング・ベースに乗って2小節ずつソロを交代するコーラスです。主題の頭にあるクラッシュト・ノートは、短3度から長3度へ指をすべらせてすぐ離すと、ブルースらしく響きます。もとにした物語では、銀行の支店が閉じた港町で、雑貨屋の店主と役場の係がツケ帳を頼りに町の商いを続けます。

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物語

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信用金庫の支店が三月末で閉じると知らせが来たのは、雪の残る二月の朝だった。町に一台しかないATMも、一緒に撤去される。隣の市まではバスで五十分、それも一日四本しかない。

役場の財政係は私ひとりだ。課長は「住民説明会の資料を作れ」と言い、私は数字を並べた。町の人口は二千百人、そのうち六十五歳以上が四割。年金を受け取る口座の大半は、あの支店にある。

説明会の夜、公民館のパイプ椅子は半分も埋まらなかった。信金の担当者が頭を下げ、移動店舗車を月に二回回すと説明した。月に二回。誰かが笑ったが、その笑い声はすぐに消えた。

手を挙げたのは、港の前で雑貨屋を営む千代さんだった。七十を過ぎて背は丸いが、声はよく通る。

「うちは前からツケでやってるけど、それじゃいけないのかね」

担当者は困った顔をした。課長は私を見た。私は千代さんの店を思い浮かべた。レジの横に、輪ゴムで束ねた大学ノートが何冊も積んである。魚屋の勝さん、灯油、三千二百円。漁協の若い衆、弁当五つ。名前と品物と金額が、鉛筆で書いてある。月末に払いに来る人もいれば、獲れた鯛を黙って置いていく人もいる。

翌週、私は店を訪ねた。

「ノートを見せてもらえませんか」

千代さんは眉を上げたが、奥から段ボール箱を出してきた。二十年分あった。

役場に持ち帰り、夜ごと数字を打ち込んだ。わかったのは、町の中のお金がほとんど外へ出ていないことだった。勝さんは千代さんの店で灯油を買い、千代さんは勝さんから魚を買い、漁協の若い衆は千代さんの弁当を食べ、千代さんの孫は漁協で働いている。現金が動かなくても、帳面の上で貸し借りが回り、月末にはたいてい釣り合っていた。釣り合わない分だけ、現金が要った。

二十年分を足し合わせると、帳面の上で回った金額は、実際に動いた現金の三倍近くになった。信金の支店がなくなっても、町の商いが止まるわけではない。止まるのは、釣り合わない端数を埋める道だけだ。私はその端数を月ごとに表にした。多い月でも、町全体で四十万円ほどだった。

私は課長に案を出した。町の商店のツケ帳をひとつにまとめ、役場が帳簿を預かる。月末に差し引きして、残った分だけを現金でやりとりする。その現金は、移動店舗車の来る日にまとめて動かす。

課長は資料をめくり、長いあいだ黙っていた。

「議会が通すと思うか」

「思いません」

「正直だな」

案の定、議会は揉めた。三好議員は「役場が金貸しの真似をするのか」と言った。別の議員は、帳簿が漏れたら誰がいくら借りているか町じゅうに知れると言った。それはもっともだった。この町では、誰がツケを溜めているかは、知っていても口にしないことになっている。

採決の前の晩、千代さんが役場に来た。閉庁後で、残っていたのは私だけだった。

「あんた、うちのノートをどうするつもり」

私は説明した。差し引きのこと、現金を減らせること、町の外にお金が逃げないこと。千代さんは最後まで聞いて、首を振った。

「帳面はね、数字じゃないんだよ。勝さんが三か月払えなかった年があった。かみさんが入院してね。あたしは書くだけ書いて、催促しなかった。役場の帳簿になったら、それができるかい」

私は答えられなかった。規則にすれば、例外は不正になる。

「書くのは、あたしがやる」と千代さんは言った。「役場は、月末に足りない分の現金をどこから持ってくるか、それを考えておくれ。それがあんたらの仕事だろう」

翌日、私は案を書き直した。帳簿はこれまでどおり各店が持つ。役場が持つのは、月末に現金が足りない店へ短期で貸す小さな基金だけ。財源は、ATMの維持費として町が信金に払っていた負担金の、浮いた分を充てる。帳面の中身を見るのは店主だけで、役場は合計しか知らない。

三好議員はまだ渋い顔をしていたが、「それなら金貸しじゃなくて金庫番だな」と言って手を挙げた。七対五で通った。傍聴席の端で、千代さんは拍手もせずに立ち上がり、店を開ける時間だと言って先に帰った。

四月、ATMのあった場所には自販機が置かれた。移動店舗車は月に二回、港の駐車場に停まる。その日は千代さんが店を閉めて、町の店主たちの現金をまとめて持っていく。最初の月、千代さんは帰りのバスで封筒を膝に抱え、一度も目を閉じなかったという。二度目からは、勝さんが軽トラで送り迎えをするようになった。

夏の終わりに、基金から初めての貸し出しがあった。申請書には店の名前と金額しか書かれていない。理由の欄は空白だった。私はそのまま判を押した。

秋祭りの日、千代さんの店に寄ると、レジ横のノートがまた一冊増えていた。表紙に鉛筆で、役場、と書いてある。

「あんたの分」と千代さんは言った。「祭りの酒、三本。月末でいいよ」

楽譜の詳細

演奏形態
ピアノ連弾
楽器
ピアノ
ジャンル
ブルース / ブギウギ・ピアノ・ブルース
難易度
中級
演奏時間
約1分44秒
ページ数
5ページ
整理番号
AP-24FC7

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